ウォーカープラス

映画コメンテーター、女優、ナレーター、ライター、歌手…21の肩書きを持ち、マルチな活躍を見せるLiLiCoさん。18歳のときにスウェーデンから来日し、長い下積みを経て今の地位を築いた、パワフルな歩みはまさに映画のよう。以前、山口県の柳井発電所(LNG〔液化天然ガス〕を燃料とする火力発電所)を見学したこともあるというLiLiCoさんに、日本の芸能界を目指したきっかけや、電気の大切さ、環境先進国であるスウェーデンと日本の違いについて、たっぷりとお話をうかがいました。


映画コメンテーター LiLiCoさん


テレビの中の世界に憧れて、18歳でスウェーデンから単身日本へ


―――LiLiCoさんはスウェーデンのご出身だそうですね。来日のきっかけを教えてください。


父はスウェーデン人で、母が日本人。18歳までスウェーデンで育ちました。日本に住む母方の祖母は、梅干しや海苔といった日本の食べ物を毎月のように送ってきてくれていました。その荷物の中に、レコードやアイドル雑誌も入っていたんです。当時、日本語は読めませんでしたが、日本の音楽を聴いたり、アイドルの写真を眺めたりするだけでワクワクしていましたね。


夏休みを使って、母と日本に帰省したこともありました。そこで目にした、バラエティ番組やCMが流れる日本のテレビは、まさに“夢の箱”。「この中に入ってみたい!」と強く思ったんです。その憧れを実現するために、18歳のときに通っていた学校を辞めて、思い切って日本での生活をスタートさせました。


【写真】子どもの頃からエンターテインメントに溢れる日本に憧れていたと話す


今振り返ると、日本語を使えるようになるまでは大変でした。「お腹すいた」「喉が渇いた」ですら日本語で言えませんでしたから。祖母の家に居候していたので、祖母と会話をしながら徐々に日本語を覚えていきました。祖母は芸能界に入るきっかけをつかめるようにと、雑誌に載っているオーディションの広告を切り抜いて渡してくれたりもしましたね。祖母の期待に応えたいし、金銭的にも負担をかけたくなかったので、お弁当屋さんでアルバイトをしながら、片っ端からオーディションを受けていきました。スウェーデン人は「自立」に対する意識が強いんです。まだ10代でしたが、日本での自分の生活を成り立たせるために必死でした。


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